2016.10.20

第25回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『じいちゃんの棚田』
（制作：テレビ愛媛）

最若手72歳じいちゃんの米作り

＜10月28日（金）27時45分～28時40分＞

　愛媛県内子町の上岡満栄さん（72）は、みんなから“棚田のじいちゃん”と呼ばれている。95枚の棚田を3軒の高齢農家が守ってきたが、上岡さんはその中で一番の若手だ。毎年田植えの時期には地元の小学生たちが体験にやってくるが、その小学校も閉校になった。“泉谷の棚田”をどう受け継いでいくのか…。“棚田”の四季と、そこに暮らす“じいちゃん”を4年にわたって取材し、高齢・過疎に直面する小さな集落の未来を見つめる。

　あなたの生まれた町はどこだろうか？
　あなたの通った学校は今もあるだろうか？
　あなたの思い出の風景は今も残っているだろうか？

　この番組の舞台となった愛媛県内子町の“御祓（みそぎ）”という小さな集落もどことも同じように、若者は町へ出て、小学校は閉校になり、お年寄りはさらに年をとるだけ。日本の高度経済成長を支えた世代が70歳を過ぎた今も農家の現役世代だ。“棚田のじいちゃん”もそんな一人。みんなから“棚田のじいちゃん”と呼ばれている上岡満栄さんは72歳。上岡さんは、誰も知らない山の中の棚田で60年以上お米を作って暮らしてきた。けれども白米を食べるのは年にたった数回。家族で新米の収穫を祝う時が楽しみだった。お米を作るのは生活の糧を得るため。しかし今は作れば作るだけ赤字になる。

“じいちゃんの棚田”は愛媛県内子町の山間にある。もちろん有名な米どころではない。この“泉谷の棚田”はまるで時代に取り残されたかのように山の上にぽっかりと町を見下ろして広がっている。この棚田を守っているのはわずか3軒の高齢農家。上岡さん夫婦以外は85歳と78歳のお年寄り。棚田のじいちゃんは実は一番の若手だ。その上岡さんも70歳を前に生まれて初めて大病を経験。肝臓に膿がたまり緊急手術をしたのだ。72歳の今、体力の衰えを実感している。この棚田はじいちゃんたちの“じいちゃん”が切り開き、父親の代が増やしてきたもの。子どもが一人生まれると田んぼを一枚増やしてきたという。しかし今、この山に後継ぎはいない。じいちゃんの楽しみは地元の小学生がやってくる日。この棚田は子供たちを迎えるために水を湛え、一緒に田植えし、子どもたちの一年の成長を見守り、黄金の秋に至る。
　しかしじいちゃんも通った学校が閉校することに。子どもたちの去った棚田は傷つき崩れてしまう。この棚田でもう一度一緒に田植えをすることはあるのだろうか？誰もが懐かしく思うような田園風景が今も残る御祓地区。ここで暮らす人は昔ながらの人情で支えあってきた。しかし今その暮らしは変わらざるを得なくなっている。

　取材を始めたのは4年前にさかのぼる。春の田植え、夏の虫送り、秋の稲刈り、そして冬…。美しい棚田の風景が季節とともに移り変わり、その月日とともにじいちゃんたちは毎年歳を取っていく。その時の流れをカメラで追い続けたドキュメントでもある。最初「棚田を残すこと」をテーマに取材がはじまったが、そこには「受け継ぐ」難しさがあり家族のつながりなしでは出来ない「責任の重さ」があった。番組内では出来事の「そのあと」を責任もって盛り込むようにした。閉校の「そのあと」、後継ぎのいない棚田の「そのあと」。
　じいちゃんたちは今、人生の晩秋にさしかかっている。来年も田植えはできるだろうか？来年も今年と同じことができるだろうか？取材を終える頃には、これは「自分が元気ではないと気付いた人の物語」になっていた。日本中できっと同じことが起きていると思う。
あなたの大切な場所は今も残っているだろうか？

ディレクター 友近晶二（テレビ愛媛 報道制作部）コメント

「初めて“棚田のじいちゃん”に会ったのは2005年の田植えのとき。もちろんその時は“じいちゃん”ではありません。撮影のお願いにも“かまん、かまん”と笑顔で迎えてくれました。山の中に突然現れる別世界のような棚田。オーナー家族がたくさん集う場所。“きっとこの棚田は誰かに受け継がれていくだろう”、私は淡い期待を持っていました。しかし、それから10年。時間だけが過ぎました。この棚田はじいちゃんの“じいちゃん”が切り開き、親父が増やしてきたもの。棚田を守ってきたものは“血のつながり”でした。自分の番で無責任にやめることなどできないのです。お年寄りが文字どおり“はいつくばってでも”お米をつくってきました。それが今、途絶えようとしています。
　ここを訪れる人はみんな、じいちゃんたちに、“いつまでもお元気で”“棚田を守りつづけて”と言います。その言葉の重さに気付いているでしょうか？棚田は自然ではありません。そこで暮らしてきた人の生み出したものです。慎ましく生きてきた人がいるからこそ棚田の景観に心を動かされるのです。カメラマンの自分にできることはじいちゃんの棚田を“そのままで”飾らず出来るだけ多くの人に伝えることです。
　じいちゃんは誰かが力を貸してくれる日を待っています」