2016.9.7

第25回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『走る魚屋、小高に帰ります。
~避難指示解除のまちで~』

(制作:福島テレビ)

魚屋を再開!避難解除で下した決断に密着

<9月9日(金)27時30分~28時25分>


 原発から16キロ、福島県南相馬市小高区にある「谷地魚店」の3代目、谷地茂一さん(68)は、小さなトラックで仮設住宅をまわり魚の移動販売をする。店は5年前の地震で壊れ、ふるさとは原発事故により立ち入れなくなった。そしていま、ふるさと小高が避難指示を解除されるのにあわせて、谷地さんも元の場所で店を再開しようとスタートを切る。帰還するかしないかの分岐点に立つ住民たちのなかで、故郷の復活を願う魚屋さんの思いを追った。

「小高で魚を切りながら、包丁をぼたっと落としてこたっと死ねたらそれで幸せ」。
 そう話すのは、小さな魚屋の3代目、谷地茂一(やちしげいち)さん(68)だ。東京電力福島第一原発事故による避難区域が解除されたまちで、谷地さんが営む「谷地魚店」は、震災後5年4カ月ぶりに再開した。

 2016年7月12日、福島県の北東部、東京電力福島第一原発から20キロ圏内にある南相馬市小高区の大部分で避難指示が解除された。対象となる住民は1万人以上。1万通りの「帰る」「帰らない」の選択は、まちの将来を左右する分岐点でもある。谷地さんの魚屋があるのは、このまち、小高。店は5年前の地震で壊れ、原発事故で立ち入ることもできなくなった。谷地魚店は休業、谷地さんも避難生活を余儀なくされる。
 仮設住宅で避難生活を送るなか、「このままではいられない」と震災の年の夏から、魚の移動販売をはじめた。かつての常連客の避難先など、週に100件をまわっている。谷地さんのトラックが自宅の前につくと、お客さんは笑顔で魚を買い「故郷の魚の味を覚えているから他の店で買う味とは違う」と話す。
 移動販売を続けながら、谷地さんには大きな目標があった。ふるさと小高で、再び店をはじめること。先祖代々続いてきた店を自分の代で終わらせるわけにはいかないという強い思いがあったのである。
 2016年3月、谷地魚店の新築工事の着工を祝う建前の儀式が行われ、小高のまちは震災後、久しぶりの賑わいに包まれた。かつての常連さんや近所の人などが集まり、懐かしい話に花を咲かせる。店の再開準備を支える谷地さんの妻、美智子(みちこ)さん(64)は久しぶりに会えたお客さんと抱き合い、目を潤ませる。東京で板前をする長男、弘(ひろし)さん(39)はこの日のために駆けつけ、魚をさばいた。震災と原発事故がなければ、5年前に小高にやってきて谷地魚店の「4代目」となるはずだった弘さん。しかし、タイミングを逃したこの5年間に東京で生活の基盤ができ、小高に戻るのはいつになるのかわからないと話す。

 5年の月日は、多くの人を取り巻く環境を変えた。山梨県に避難する藤原廣(ふじはらひろし)さんは、別のまちで避難生活を送る孫と一緒に暮らしたいと、小高に帰ってくることを諦めた。小高が舞台となる伝統行事、相馬野馬追で、かつて地区のリーダーを務めた杉本義隆(すぎもとよしたか)さん(77)は震災後に脳梗塞を患い、もとのように馬には乗れなくなった。借り上げアパートで避難生活を送る村井正見(むらいまさみ)さん(90)は、一緒に小高に戻ろうと決めていた妻が認知症を悪化させ介護施設へ。いまはせめて妻にもう一度、自宅からの景色を見せたいと願うだけだ。

 店の再開を目指す谷地さん自身も、避難生活中に心臓の病を患い大学病院で手術。いまも検査のため定期的に、小高から離れた病院に通う必要がある。これからの商売が成り立つかどうかは、お客さんがどれだけ帰還するかにかかっている。震災前にはおよそ1万3千人が住んでいた小高だが、解除直後に居住しているのは200人あまり。「お店にお客さんは来るだろうか」。谷地さんは不安も口にする。

 7月12日、小高では電車が走り始めた。街の門出を祝うセレモニーも行われ、帰還を決めた人も、決めかねている人も、この日は小高のまちの賑わいのなかにいた。
 まさにこの日、谷地魚店では火入れ式が行われ、店の完成を迎えていた。今のところ、魚屋の再開は自分だけ。震災前、忙しいときに手伝いに来てくれた近所の人たちも、もう戻ってこないことを決めた人もいるが、谷地さんはここで前を向くことを決めている。オープンまであと3日だ。
 まちの再出発に合わせてスタートを切った小さな魚屋さん。故郷の復活に向けて真っすぐに進む魚屋さんの思いと、開店までの道のりのなかで出会うそれぞれの人たちの帰還の選択を通して、震災から5年の避難区域の現状を描く。

ディレクター・石山美奈子(福島テレビ報道部)コメント

「小高の避難指示が解除になった7月12日。谷地さんの家で取材をしていると、涼しい風が吹いてきて、ここが海沿いのまちであることを実感させられました。この風のなか、蝉の鳴き声を聞きながら、きょうの晩ごはんを買いにお魚屋さんにでも行こうかと家を出る。それがきっと、谷地さんが取り戻したい小さな日常なのだと思います。
避難指示の解除の対象となる住民は1万人以上。谷地さんのように強い意志を持って帰還した人もいれば、この5年の間に新しい場所での生活に踏み切った人も、病気で帰還の夢を絶たれた人も、いまなお結論にたどり着けない人もいます。
小高に帰るも帰らないも、1万人それぞれが悩みぬいた末に出した一つの選択です。
このドキュメンタリーも、その1万分の1を切り取った話。随所に出てくるおいしそうなお魚を通して、谷地さんが守りたい故郷の姿を感じていただければと思います」


番組概要

◆番組タイトル

第25回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『走る魚屋、小高に帰ります。
~避難指示解除のまちで~』
(制作:福島テレビ)

◆放送日時

9月9日(金)27時30分~28時25分

◆スタッフ

ナレーター
松永安奈
撮影
武藤貴之(福島映像企画)
渡邉哲(福島映像企画)
編集
武藤貴之(福島映像企画)
構成
平和紘
音声
新國伸太郎(福島映像企画)
CG
佐藤彩佳
ディレクター
石山美奈子
プロデューサー
仲川史也

2016年9月6日発行「パブペパNo.16-360」 フジテレビ広報部
※掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。