2014.6.4

第23回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『家なき人とともに』
(制作:テレビ静岡)

格差社会が叫ばれる中、生活保護受給者は増加の一途をたどり路上での生活を余儀なくされる人も少なくない。静岡県富士市の生活困窮者自立支援施設「ポポロハウス」。誰にも起こりうるつまずきから何もかも失った男たちに手をさしのべ、人生のやり直しを後押ししている。施設を作った鈴木和樹さんも、幼い頃生活保護を受給する貧しさの中で育った。
3カ月間に自立の基盤づくりを目指す入居者たち。彼らが失ってしまったものは住居や仕事ばかりではない。鈴木さんがともに取り戻そうとする、人生のやり直しに必要なものとは…。

<6月25日(水)深夜26時20分~27時15分>


 鈴木和樹さんと出会ったのは2013年5月、フードバンク活動の取材だった。聞けば生活に困っている人たちに居場所を提供する施設「ポポロハウス」も運営しているという。その時は施設の玄関脇にある倉庫までしか立ち入らなかったが、電気はついているのに薄暗い廊下のむこうで、ひっそりと生活している人たちに興味がわいた。しかし入居者にとって私たちは歓迎できない訪問者だった。取材している間は絶対に部屋から出て来ない人もいた。「映るのが恥ずかしい」などという普段の取材や撮影を断られる理由とは全く違う、顔や名前を明らかにして暮らすことができない事情や背景がほとんどの入居者にあった。何とか信頼してもらおうと日々のニュース取材の合間をぬって施設に通う日々が始まった。

「きょうも来ると思っていたよ」。月日が経つにつれ、男性だけが共同生活を送る空間に飽きもせず姿を見せる取材クルーの女性3人への抵抗感は薄らいだようだった。1人1時間ほどかけ様々な話を聞かせてもらえるようになった。「親をみとったあと生活が自堕落になり病気を患った」「離婚して家族を失うと頑張る理由がわからなくなった」カメラの前で話してくれた、人生の歯車がずれたきっかけは誰にでも起こりうることに思えた。
 しかし、親を亡くした者が必ず人生を踏み外してしまうわけではない。離婚した誰もが仕事を失ってしまうわけでもない。「当時の自分に言いたいことは」と問いかけると、答えは全員同じだった。「我慢しろと言いたい」。気の短さから仕事を失い、財産を失い、家族を失った。そして気付くと信頼できる人も、居場所もなくしていた。負の連鎖を絶ってくれるストッパーをなくしていた。入居者の1人が口にした「ここが終わりじゃないから。ここからだから」という言葉は、自分自身への戒めと励ましとがないまぜになっているように聞こえた。

 取材を始めてほどなくして施設にやってきた50歳代の男性は、その日の朝まで1週間公園で暮らしていた。季節は真冬とはいえ体を洗っていないため、鼻を刺すような臭いを辺りに漂わせている。彼らがまず案内されるのは、風呂だ。そして鈴木さんによる荷物チェックを受ける。過去には首を吊るためのロープを持っていたり、路上生活で自分を守るためなのか、木刀や包丁を持っている人もいたという。人生のやり直しに、そうしたものは必要ない。

 施設のオープンから2年半、「卒業生」は170人。鈴木さんたちの寄り添いを受け、自立への手がかりをつかむ人は少なくない。仕事を見つけ、資金を貯めて普通の生活へと巣立っていく。過ちを繰り返したくないとその後も相談に訪れる卒業生は多いという。

 一方で、やり直しが上手くいかない人もいる。口では普通の生活を送りたいと話しながら何も変われない人、自立に失敗して再び戻ってくる人、そして突然姿を消してしまう人。そのたび鈴木さんはむなしい思いに襲われるが、手をさしのべ寄り添うことを絶対にやめようとしない。信念は自身の経験を通して形づくられた。
 幼少期に両親が離婚。引き取った父親は自由に遊び歩き、代わりに祖母に育てられた。祖母が脳溢血(のういっけつ)で倒れ半身不随になると生活保護を受給して暮らすようになった。貧しく苦しい生活の中でも、祖母だけはそばにずっと寄り添ってくれた。鈴木さんが初めて信じられた、そして今も大切にする「人とのつながり」。それは多くの入居者が失ってしまったものでもあった。

 約半年の取材で出会った入居者は20人。ポポロハウスという1つの社会で笑ったり、物思いにふけったり、衝突したりする。そのたびに鈴木さんも笑い、泣き、困り、そして怒る。

 決して突き放すことはせず、とことん信頼関係を築こうとする熱意に驚かされた。寝る場所と食べ物を提供しさえすれば、人は人生をやり直せるのか。やり直すために本当に必要なものは何か。寄り添い続ける鈴木さんの姿を通して、人と人とのつながりと信頼の大切さを考えてもらいたい。

ディレクター・入澤綾子(テレビ静岡報道部)コメント

「24年間ごく普通の生活をしてきた私には、ホームレスの知り合いがいません。だからこそ彼らと、彼らをどこまでも信じ続ける鈴木さんの姿を追いたいと思いました。撮影も音声も女性のクルーでのぞいた鈴木さんの世界は、さびしさやむなしさも感じずにはいられませんでしたが、それ以上に熱意と優しさにあふれていました。何度約束を破られ裏切られても、決して見捨てない姿に毎回驚かされました。入居者もカメラの前で語ってくれました。ある入居者は息子さんが私と同い年だと言います。会いたいかと聞くと“息子もこうして働いているかも知れない。でもこんな父親に会いたくないでしょう”という答えが返ってきました。彼らがかみしめている後悔と自責が顔をのぞかせた瞬間でした。取材は、自分自身を顧みるきっかけにもなりました。住まいや食べ物があれば人間として生きることはできるかも知れません。しかし社会の一員として生きるためには、決して形には見えないけれど、失ってはいけないものがあることを学びました」


番組概要

◆番組タイトル

第23回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『家なき人とともに』
(制作:テレビ静岡)

◆放送日時

6月25日(水)深夜26時20分~27時15分

◆スタッフ

プロデューサー
舘石昌宏
ディレクター・構成
入澤綾子
撮影
杉本真弓
音声
山田奈津妃
編集
金田明
効果
望月厚宏
ナレーション
柳井久代

2014年6月4日発行「パブペパNo.14-211」 フジテレビ広報部
※掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。