2010.10.8

第19回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
山とともに~水没を覚悟した古里で~
(制作:福井テレビ)

日本有数の林業地帯として知られる福井県池田町下池田地区。ダム計画の最前線で見えてきたものは、何百年も続く神事を受け継ぎながら、ムラが沈む時を静かに迎えようとする住民たちの姿だった。しかし、政治がこの地を翻弄する。そして、極度の過疎・高齢化に襲われ、厳しい冬を耐え忍ぶ住民たち。そんな古里を見守る一人の山男がいる。ダム問題を乗り越え、選んだ生き方とは…。ダムが建設されて久しい県内の集落を比較検証しながら、山間地域の今と未来を見つめる。

<2010年10月29日(金)27時5分~28時放送>


 ダム問題は今、見直し論議の最中にあるが、検証材料として上がっているのは治水効果や費用対効果、住民の生活再建をどうするかといった相変わらずの論議。福井県内で今問題となっているダム計画地に入り続ける中で、もっと論ずべき深い課題があるのではないかと考えるようになった。第19回ドキュメンタリー大賞ノミネート作品『山とともに~水没を覚悟した古里で~』(制作:福井テレビ)は、ダムが建設されて久しい県内の集落を比較検証しながら、山間地域の今と未来を見つめる。

 取材の発端は平成16年7月に起きた福井豪雨だった。福井市中心部を流れる足羽川の堤防が決壊し、1万世帯以上が浸水被害に追い込まれた。福井県史上に残る豪雨災害。これにより同市街地では、上流に計画されたまま長く動かないでいたダム建設計画推進を求める声が高まった。国土交通省が池田町下池田地区に計画している「足羽川ダム計画」だ。もともと、このダムは10キロ下流の隣町・旧美山町で計画されていた。昭和40年代から繰り広げられてきた反対闘争の末、国はこの場所での建設断念に追い込まれ、11年前、下池田を代替地として計画を変更した、いわく付きの「ダム」でもあった。これによって住民は、自分たちの生活や古里の将来を大きく狂わされたはず。美山の経緯もあるだけに、おそらく賛否両論がくすぶっているのでは…水害の後、そんな先入観を持って取材に入った。

 しかし、かつて美山にあったようなダム反対の看板などはどこにもない。聞くと、ダム計画に対してはすっかり受け入れムードだというのだ。ダムについて住民たちは多くを語らず、静かに計画を受け入れようとする姿ばかりが目に入ってきた。古里をダムの底に沈めるのは大変悲しいはず。なのに、まるでその日を覚悟したかのように日々たんたんと過ごしている。心の奥に何があるのか。見えてきたのは、近年この地を襲っている過疎・高齢化の波だった。下池田では住民の大半が70代、80代。子供たちを都会へ送り出して久しい。冬は大雪との格闘。腰の曲がったお年寄りが一人、背丈ほどにたまった雪をかき分ける光景が、集落のいたるところで目に入ってきた。厳しい環境の中でいつまで老後の生活を続けることができるのか、集落内に不安が影を落としていた。並行して、これまで長く地域を支えてきた林業も衰退の一途にある。長く過ごしてきた土地に愛着はあるが、このまま寂れていく山里で余生を過ごすよりは、ダムによる移転を受け入れ、都会で安心して暮らしたいとの考えが集落の大勢だった。

 取材を進めるうち、そんな古里の姿を冷静に見つめる男性と出会った。番組の主人公、田中良二さん64歳。仕事は林業。国産材が売れなくなり利益が出なくなった現在でも、日々山に入り続け、副業のシイタケ栽培で生活をつないでいる。一見、地味で厳しい山里の暮らし。でも、田中さんの生活には、随所に楽しさのようなものがにじみ出ていた。室内にはまきストーブの炎。春先は山の恵みが食卓を飾る。それらにあこがれた都会の仲間たちが、年間通して田中さん宅に集まってきている。とても、廃村を控えた光景には見えなかった。途絶えかけていた伝統神事についても、田中さんは自ら先頭に立って守っている。その一つが集落で何百年も続いている正月の神事「川禊ぎ」。厳寒の川につかった後、神社でともされたご神火を家へ持ち帰り、その火で雑煮を炊き、家族でいただく。ダムによっていつかは消え行く運命と分かっていながらも毎年欠かすことなく続けている。その光景は悲しくも、美しく感じた。

 なぜ田中さんはこのような行動を起こしているのか…。ダム建設に賛成、反対といった単純なものではなかった。古里の将来を深く見つめる中で、ある深い思いに至っていた。集落がある限りは、先人から長く続いてきた集落の営みを続けていきたい。静かに、楽しみながら。それが先人への恩返しであり、自分が納得してこの地を去ることにもつながると・・。その、集落の無くなる時とは、ダムによる水没の日かもしれないが、現状を見ると限界化による方が早いかもしれない。大雪だったこの冬、雪の重みで一つの家屋がつぶれた。既に集落も周りの山も、疲弊は色濃い。春、田中さんは残雪の山へ連れて行ってくれた。開けた尾根からの眺望には、古里の広大な山並みが広がっていた。山の広さに比べると、ダムに沈むのは、ちっぽけなものだと田中さんは語った。目先の利益ではなく、200年先の杉の成長を見据えて生きる山の男。その眼中には、ダムという人工の建造物をどうするかといった論議などはるかに超えた大きな問題が古里に横たわっているように映っている。今までのダム問題にはない新しい視点を世の中に問いかけたい。

山内孝紀ディレクターコメント

 国土の3分の2の面積を占める森林。その多くはかつて里山でした。山や清流の恵みは太古から人々の生活を支え、数々の文化を育んできました。しかしこの半世紀、人口の大半が都市へと流れ、過疎で疲弊しています。福井県内だけでも限界集落は100を超えます。山の奥地は伝統的な神事や暮らしがかろうじて残っている土地でもありますが、限界化に伴い消えていくのが今の流れ。先人が守り育ててきた山林も、この10年余りの国産材価格の急落を機に放棄されるケースが目立ってきました。このままでは人の営みどころか、広大な山そのものもダメになってしまう。下池田の雄大な山の上から見つめると、昨今の政治によるダム建設・見直しの論議は、国土の疲弊の深層に目を向けないまま、いたずらに住民を振り回しているだけのように映ってきました。治水効果や費用対効果といったものを超えた重い課題があるように思います。戦後日本を問う重いものが。


<番組概要>

◆番組タイトル

第19回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『山とともに~水没を覚悟した古里で~』
(制作:福井テレビ)

◆放送日時

2010年10月29日(金)27時5分~28時

◆スタッフ

プロデューサー
水野忠和(福井テレビ)
ディレクター
山内孝紀(福井テレビ)
AD
澤田美紀(福井テレビ)
構成
岩井田洋光(フリー)
撮影
斎藤佳典(福井テレビ)
編集
斎藤佳典(福井テレビ)
ナレーター
真野響子(オフィスギャラリーアンドエルフ)

2010年10月7日発行「パブペパNo.10-185」 フジテレビ広報部
※掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。