2009.7.31

第18回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『土に生きる 〜ダム水没予定地・ある農民の手記〜』
(制作:テレビ熊本)

熊本県五木村の川辺川ダム水没予定地にただ1軒残る、尾方茂さん(81)と妻・ちゆきさん(77)夫婦。2人は畑仕事をし、自給自足に近い生活を続ける。「土なしには人間は生きていかれんとじゃっで」。先祖代々の「魂」が宿った土…土は尾方さんの「生」そのものである。尾方さんはなぜ、水没予定地を離れないのか。山村の四季に身をゆだね、土に生きる尾方さんの生活を尾方さんの手記から見つめる。

<2009年7月30日(木)深夜2時〜2時55分放送>


 今年も熊本県五木村の川辺川ダム水没予定地で、お茶が摘み取られた。尾方茂さん(81)と妻・ちゆきさん(77)が育てたお茶だ。2人が暮らす水没予定地には、1軒の家もない。みんな、高台の代替地に引っ越していった。代替地には新築の住宅が立ち並び、新しい墓地も作られた。道の駅などの観光施設もできた。しかし、尾方さん夫婦だけは水没予定地に残り、近くの畑を耕し、農作物を実らせ、自給自足に近い農民の生活を続けている。
 「土なしには人間は生きていかれんとじゃっで」。畑と土は尾方さんの「生」そのものであり、これからも変わらない。その土の大切さを教えてくれたのは祖母・アサノさんだった。土砂降りのある日、流れ出す畑の土を見てアサノさんは「土がもったいない」と自らの体で止めたという。尾方さんは「先祖が残してくれた土地は1坪たりとも手放してはならない」と思うようになった。
 尾方さんもこの40年あまり、川辺川ダム計画に翻弄されてきた。尾方さんの父・乙平さんが水没予定地にある共同墓地の周りに植えた桜。この桜が尾方家以外の墓が代替地に移転する際に、切られたのだ。地区の同意は取られていたものの、尾方さんは「木が切られることは知らされていなかった」と今でも憤りを感じている。また、尾方さんは代替地の宅地造成のため、持っていた50アールの畑を、補償金と引き換えに手放した。先祖代々の畑を人手に渡すことは耐えられなかったものの、国や県の説得に応じ、やむなく畑を手放したのだ。その際、尾方さんは国とある約束をした。「国が代替地に新たに10ヘクタールの農地を作る。そのうち50アールを尾方さんに適正な価格で譲渡する」というものだ。農地の造成は実現していないが、尾方さんはこの確約書を大事にとっている。そして、この確約書通り、農地が準備されるまでは、今の土地を離れないつもりだ。
 2008年、蒲島新知事は川辺川ダム計画に対し、歴代知事の方針を転換し、白紙撤回の意向を表明した。計画発表から既に42年が過ぎていた。村の中心地が水没するため、当初ダム反対だったものの、国や県が巨額な村の振興費を示し、説得したことなどから、ダム建設を受け入れた五木村。苦渋の選択は一体、何だったのか。また、県の方針転換を受け、国のダム計画がもしストップすれば、村の振興策も止まってしまうのではないか? 村に衝撃が走った。
 尾方さんはこれまで、その日に思ったことなどを寝る前に手記にしたためてきた。手記には恵みをもたらしてくれる土への思い、またその土を守り、受け継いできた先祖代々への畏敬の念などがつづられていた。時に厳しく、時に優しい山村の四季に身をゆだね、自然に逆らうことなく土と生きる尾方さんの生活や手記をみつめると、尾方さんが水没予定地を離れないその理由が見えてくる。先祖代々の「魂」が宿る土に生き、土に帰りたい。これが尾方さんの願いなのだ。

制作担当のコメント

 「なぜこんなに不便なところに1軒残っているのだろう? 単にダム建設反対の意思表示だろうか?」
 最初はそんな思いを抱きながら、取材を始めました。しかし、実際に尾方さんに会い、話を聞くうちに、それは私の勝手な思い込みだと感じるようになりました。そして、尾方さんの家に通い、なぜ尾方さんはダム水没予定地を離れないのか、その理由を知りたいと思うようになりました。
 1日中畑の手入れをし、その恵みを受けるという農民・尾方さんの生活は単調過ぎるほど単調なものです。しかし、そこには農作物を生み出してくれる土、そしてその土を守ってきた先祖への畏敬の念といった、私たち現代人が忘れかけた、強い思いが込められていました。そして、尾方さんはその思いを伝えたいと手記に残してはいましたが、誰かに見せるでもなく封筒にしまっていました。なぜ、尾方さんが水没予定地を離れられないのか、番組を通してその思いが伝わればと思います。
(テレビ熊本 報道制作部 酒井麻衣)


[番組概要]

◆番組タイトル

第18回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『土に生きる 〜ダム水没予定地・ある農民の手記〜』
(制作:テレビ熊本)

◆放送日時

2009年7月30日(木)深夜2時〜2時55分放送

◆スタッフ

構成
香月 隆
ナレーション
尾谷いずみ
鈴木新平
撮影
倉岡英二
渡辺典昭
編集
可児浩二
MA
森 仁
ディレクター
酒井麻衣
プロデューサー
本田裕茂

2009年7月31日発行「パブペパNo.09-181」 フジテレビ広報部
※掲載情報は発行時のものです。放送日時や出演者等変更になる場合がありますので当日の番組表でご確認ください。