FNSドキュメンタリー大賞
臓器移植法成立の過程で厳しいルールが作られ、完全否定された病気腎移植。目の前の患者を救おうとした地域の医師の取り組みを通じて、病気腎移植を多角的に検証するドキュメンタリー。

第16回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品

『この国の医療のかたち〜否定された腎移植〜』

(制作:テレビ愛媛)

<2007年11月12日(月)深夜2時20分〜3時15分放送>

 宇和島市で30年以上にわたって泌尿器科の診療を続けてきた万波誠医師は、650件を超える腎臓移植を執刀した全国屈指の豊富な経験を持っている。高い技術と飾らない人柄で知られ、全国から頼って訪れる患者が絶えない。病院の外来診察は午前中だが、患者が来れば夜でも対応している。
 万波医師を中心とする瀬戸内グループが行った病気腎移植は42件。がん、動脈瘤、ネフローゼ症候群などの腎臓を、病変部分を取り除くなどの処置を施して移植していた。日本移植学会は「患者を危険にさらす医療」と激しく非難。手続きもずさんで移植ありきで摘出した疑いもあると指摘した。
 「大切なのは患者との信頼関係」とする万波医師は、文書でのインフォームドコンセントを取らず、移植機会の公平性も考慮しなかった。脳死をめぐる激しい議論をへて、日本の移植医療は透明性や公平性を厳しく問われ、現在の仕組みが作られてきた。病気腎移植は学会が築いたルールを大きく逸脱。移植医療への国民の不信を警戒する学会は大きな衝撃を受けたのである。
 日本では約1万2000人が臓器移植ネットワークに登録し、脳死や心停止の人からの死体腎移植を待っているが、提供は少なく、年間約1000件の腎臓移植の約8割を生体移植に頼っているのが実情だ。生体移植は「身内の無償の愛」と位置付けられているが、健康な体にメスを入れ臓器を摘出することになるドナーには複雑な葛藤がある。
 透析と移植は腎臓病医療の「両輪」とされるが、透析には経営の理論が見え隠れする側面もあり、患者が移植に関する情報を十分得られない現実もある。透析患者は全国で約26万人。毎年約1万人増加しており、1兆2500億円にのぼる透析医療費は破綻の危機が心配されている。
 42件の病気腎移植では、がんで摘出した腎臓を移植した患者で再発が起きたケースが1件あったほか、移植により肝炎に感染し死亡に至った可能性のあるケースも1件確認された。学会はがんの腎臓を移植に使うことは「絶対禁忌」と指摘したが、移植を受けた患者の中には何年も元気に社会生活を送っている人もおり、「リスクを承知で移植を受けるどうかを決めるのは患者だ」と、病気腎移植の推進を求めている。
 番組では革新的な取り組みを進めるアメリカの移植事情も取材した。アメリカは臓器提供が日本よりはるかに多いにもかかわらず、ドナー不足への危機感は非常に強く、不適合の家族同士を組み合わせるドミノ型生体腎移植や、生体ドナーの必要経費を負担して提供を増やす調査研究などを進めている。アメリカ移植外科学会の会長は、政府が腎臓を購入し待機患者に公平に分配するシステムも検討するべきだと指摘。国が管轄する臓器売買の必要性を唱えている。
 ドナー拡大に向け新たな試みを打ち出すアメリカの学会は、万波医師らの病気腎移植に注目。5月開催のアメリカ移植会議の発表テーマに病気腎移植を採用した。ところが、日本移植学会会長がアメリカ移植外科学会会長に「発表テーマとして不適切」とする手紙を送付。病気腎移植が犯罪に関係しているかのような文面がアメリカ側を動揺させ、異例の発表取り消しに追い込んだ。日本の学会側は「インフォームドコンセントや倫理委員会の不備などを指摘しただけ」と説明したが、手続き上の問題はアメリカ側も了解した上で発表を認めており、犯罪がらみの移植という誤ったイメージが取り消しの要因になったことは否めない。
 病気腎移植を認めないための動きは、外部の専門医による検証の委員会でも見られた。ある委員が強調した「小さな腎がんは病変部分だけを切除するのが基本で、腎臓を摘出する必要はない」という意見。違和感を覚えた別のある委員が調べてみると、全国的に小さな腎がんを部分切除しているケースは2割足らずしかなく、摘出が大勢を占めていることが確認された。病気腎移植を否定するための意図的な意見だったことがうかがわれる。
 最終的に関係学会は「病気腎移植には医学的妥当性がない」との共同声明を発表。実験的医療を密室的環境で行ったと厳しく結論付けた。これを受け、厚生労働省は臓器移植法のガイドラインを改正し、病気腎移植を原則禁止した。臨床研究の道は残されたが、医療現場で続けていくことは事実上できなくなった。万波医師が訴えた「せっぱつまった状況をなんとかしようとするのが臨床ではないのか」、そして、学会の幹部が発した「目の前の患者さえ喜んでいれば何の問題があるんだという考えは恐ろしい…」、この2つの言葉の間に横たわる溝が、日本の医療の大きな課題を映し出している。


<村口敏也プロデューサー コメント>


 臓器売買事件、そして病気腎移植。とんでもないことが地元で起きたというのが、当初の感想でした。ぶっきらぼうな雰囲気で投げやりな言葉を発する万波医師にあきれもしました。しかし、取材を進めるうちに、「万波叩き」ではなく、腎臓移植や透析患者を取り巻く全体像を捉える必要があると考えました。
 万波医師は番組意図に共感し、全面的な協力を得ることができました。「悪いところは悪いといくら言ってもらってもかまわないから…」その朴訥とした人柄に触れるにつけ、初めに抱いた感情は消え、患者に寄り添う一人の医師が体現してきた地域医療の本質を感じるようになりました。
 学会はまさにあの手この手で病気腎移植を否定した印象もありますが、その背景には苦労して整備してきた移植医療の体制が崩れるのではないかという危機感がありました。万波医師、学会、そして患者がそれぞれの視点から訴える言葉に耳を傾け、移植医療への関心が高まることを願っています。


<スタッフ>

 プロデューサー 村口敏也
 ディレクター 村口敏也
山崎加奈子
 構成 村口敏也
 撮影 立川 純
 ナレーション 高山景子

2007年11月05日発行「パブペパNo.07-334」 フジテレビ広報部