FNSドキュメンタリー大賞
伴走ランナーの声を頼りに42キロ先のゴールを目指す盲目のランナー・笠井実さん。
笠井さんや彼を支える伴走ランナーの姿から、あらためて「前に向かって生き抜く」意味を考える。

第15回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品

『走りつづけたい〜ゴールへ導く黄色いロープ〜』

(制作:福島テレビ)

<11月25日(土)深夜4時5分〜5時放送>

 声だけを頼りに、42キロ先のゴールを目指す男性がいる。その隣には黄色いロープで結ばれた伴走ボランティアの女性がいた。目指すのはフルマラソンのゴールだ。何も見えない世界、走ることで「自分らしさ」を見出そうとする男性。伴走ボランティアの女性も自問自答しながら、必死に盲目の男性を支えていこうとしている。11月25日(土)放送の第15回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『走りつづけたい〜ゴールへ導く黄色いロープ〜』(制作:福島テレビ)<深夜4時05分〜5時>では、生きる権利をみだりに侵し、あるいは生きる権利を安易に放棄する歪んだ世相の中で、あらためて「前に向かって生き抜く」意味を考える。

 伴走ランナーの声を頼りに、42キロ先のゴールを目指す男性がいる。福島県郡山市の笠井実さん(50)。針と灸の治療院を運営している。原因不明の難病で視力を全て失い、今は聴力も少しずつ低下している。妻も全盲だ。中学生の長女と小学生の長男、それにヘルパーなどの支えを得ながら、生活を送っている。
 笠井さんには、大きな目標がある。フルマラソン大会で「3時間を切る」こと。そのために、過酷なトレーニングを自らに課す。しかし、一緒に走ってくれるランナーがいないと彼はロードを走ることができない。この男性が「伴走してくれる人を探している」という話を耳にした。「伴走ボランティア」という存在を初めて知ったのもこのときだった。誰かがサポートしてくれなければ走ることができない人がいる。どんな人なのだろう? それが取材のきっかけだった。そして、取材を始めてすぐ、新たな疑問がわいてきた。なぜ、目が見えないのにそこまでして走りたいのだろう? その答えを理解するには取材を重ねなければわからないことだった。そして、今回の番組で最も伝えたいことのひとつがその「答え」だった。
 この番組のもう一人の主人公が伴走ボランティアの女性だ。「伴走ボランティア」は視力を失ったランナーに、行く手のさまざまな情報を声で伝え、そして、ゴールへと導く人たちのことだ。伴走ボランティアは古くて新しいボランティアと言われる。支えたいという気持ちだけではかなわないからだ。一緒に走りきる体力が何より必要なのだ。笠井さんにとって、ただ一人の伴走ボランティアが白石栄子さん(49)。主婦であり、会社にも勤務し、自宅では脳性マヒの夫を介護する。そして、週2回、早朝のロード練習で笠井さんに付き添う。
 取材を始めてから、白石さんはどうしてここまで一生懸命になれるのか、不思議でならなかった。ただでさえ忙しい毎日を過ごす白石さんにとって、笠井さんの伴走をすることが大きな負担になっていると感じたからだ。白石さん自身も、夫の介護や自分の体力の問題から、自分は笠井さんのベストパートナーではないのではないか、いつまでロード練習に付き添えるか、自問自答している。しかし、白石さんは答える。「笠井さんに伴走することが、自分が走らせてもらっている意味かもしれない…」。
 福井県のある中学校では、学校ぐるみで伴走ボランティアに取り組み、いろいろな大会で貢献している。「障害者のためでもあり、なによりも中学生のためになっている」。そう信じて取り組みをはじめたのが中学校の教頭先生だ。大会を終えた後、誰かを支えることができたという充実感でいっぱいの中学生の笑顔があった。しかし、全国に目を向けると、伴走ボランティアの広がりは見えてこない。伴走ボランティアの数が不足しているのだ。伴走ボランティアの存在さえ知らない人たちが大勢いるのが現状だ。
 笠井さんを取り巻く環境も大きく変わろうとしている。「障害者自立支援法」。これまで無料で利用できていた公的なサービスが「原則1割負担」に変わる。収入が増えるあてのない笠井さんにとっては重い負担がのしかかることになる。しかし、笠井さんは走りつづけようとする。「走ることが自分らしい時間」だと信じているからだ。
 未明の校庭に、荒い息遣いと地面を蹴る音が響いていた。笠井さんだ。白石さんが来られない日でも「走りたい」のだ。ただ一人、杖を手に学校に向かい、校庭の真ん中に杭を打つ。そして、杭と自分の体をロープで結んで、ただひたすら走り回る。フルマラソンで勝ちたい…気持ちが萎えることはない。
 笠井さんは白石さんと練習するときの表情はいつもと違い、楽しそうだ。しきりに白石さんに話しかける笠井さん。白石さんもそれに応えようとする。なぜなら、走りつづけてほしいと願っているからだ。手と手をつなぐ黄色いロープは、二人の思いを一つにしてゴールへと向かっていく。
 笠井さんの最大の目標が4月に茨城県で開催される「かすみがうらマラソン」。これまでのフルマラソンのベストタイムは3時間10分30秒。この記録を上回りたい。家族も応援している。そして、笠井さんは大勢の人に支えられているという思いを感じながら大舞台へと挑んでいる。
 「走りつづけたい」盲目のフルマラソンランナーの強い気持ち。それを支える伴走ボランティア、そして家族。生きる権利をみだりに侵し、あるいは生きる権利を安易に放棄する歪んだ世相の中で、あらためて「前に向かって生き抜く」意味を考える。

<制作担当のコメント>
 ディレクター 須田浩元

 なぜ、この男性はこんなにも一生懸命に走るのだろうか? ましてや目が見えないにもかかわらず。はじめて、盲目のランナー笠井さんを取材したときに思ったことでした。笠井さんは走っているときが「自分らしい時間だから」と話してくれました。私にとって「自分らしさ」とはなんだろう。ふと、そんなことを考えるようになりました。
 笠井さんを支える伴走ボランティアの白石さんの生き方にも、ただ驚かされるだけでした。家計を支えるために仕事に行き、主婦としての家事をして、脳性マヒの夫の介護する。それに加えて笠井さんを週に2回サポートするのですから。まさにスーパーウーマンです。それでも、「自分はベストパートナーではないのではないか」「もっとできることはないか」と悩み考える白石さんの姿を見ると頭が上がりません。
 盲目のランナーと伴走ボランティアの女性が支えあいながらゴールを目指していきます。2人を取材していくうちに、私に今できることは二人の「走る姿」、「思い」を伝えることなのではないかという思いを強くしました。この番組ではこうした二人の姿を通して「前に向かって生き抜く意味」について考えてほしいと思っています。


<スタッフ名>

 プロデューサー 橋本 泉
 ディレクター 須田浩元
 撮影 武藤貴之
 編集 須田浩元
 ナレーター 紺野美沙子
 制作 福島テレビ

2006年11月10日発行「パブペパNo.06-391」 フジテレビ広報部