FNSドキュメンタリー大賞
日の丸にかけた1人のアスリートが、10年間の集大成として、妻への恩返しとして
パラリンピックの舞台に立った。
今年3月のパラリンピックにアイススレッジホッケー代表として出場した福島忍さんと、
夫を懸命に支える妻の姿を追う。

第15回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品

『夢を託したパック〜パラリンピック日本代表の誇り〜』

(制作:テレビ静岡)

<10月28日(土)深夜2時45分〜3時40分放送>

 日の丸にかけた1人のアスリートが、10年間の集大成として、妻への恩返しとしてパラリンピックの舞台に立った。トリノでの死闘で、彼が手にしたものとは?
 10月28日(土)放送第15回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『夢を託したパック〜パラリンピック日本代表の誇り〜』(制作:テレビ静岡)<深夜2時45分〜3時40分>では、今年3月のパラリンピックで、アイススレッジホッケー代表として出場した福島忍さんと、夫を懸命に支える妻の姿を追う。

 オリンピックイヤーの今年。イタリア・トリノでは2月にオリンピックが、そして3月にパラリンピックが開かれた。静岡県は、温暖な気候とあってウィンタースポーツは不毛の地。競技人口は全国平均より極めて少なく、県内選手が世界大会に出場することは極めて珍しい。そんな静岡県から、今回ただ1人、アイススレッジホッケー代表としてパラリンピック出場を果たしたのが福島忍さん(49歳)だ。

 福島さんは24歳の時、通勤途中にオートバイ事故を起こして下半身不随となり、以来25年間、車いす生活を送っている。福島さんの仕事は、車いすメーカーの営業マン。自分で車を運転して静岡県内の身体障害者施設や病院をまわり、車いすの修理や販売を行っている。
 福島さんは元々スポーツが好きで、小学生の時にサッカーを始めた。ゴールキーパーとして活躍し、10代後半にはJリーグ・ジュビロ磐田の前身「ヤマハ発動機」から誘いを受けるほどのプレイヤーだった。しかし、24歳の時に交通事故で下半身の自由を失ってしまった。
 そんな福島さんを再び立ち上がらせてくれたのは、やはりスポーツだった。車いすバスケットなど幾つものスポーツに取り組む中、10年前に出会ったアイススレッジホッケーは、彼に「日の丸」を意識させた。そして、長野県岡谷市のクラブチームに入り、日本代表選手を目指す日々が始まったのだ。
 彼の生活のハードさは想像を超えていた。日中は営業活動に駆け回り、夜遅くになって帰宅。深夜1時になると、車に荷物を積んで静岡県内の自宅を出発し、片道3時間かけて長野県岡谷市に着き、明け方から練習という日々。毎週1回、多い時には3回の練習通いを続けた。この生活を続けて10年。福島さんは4年前のソルトレイク大会に続いて、今回のトリノ大会も連続で日本代表の座を射止めたのだ。
 妻・輝美代さんと犬3匹との生活を送る福島さん。9年前に結婚した時、夫婦は1つの選択をした。それは子供のこと。輝美代さんは体外受精で子供を産み育てたいと願うが、福島さんは自分をスポーツの道に専念させてほしいと訴えた。悩んだ末、輝美代さんは夫の生き方に理解を示し、ともにその夢を追いかける決意をする。
 妻のためにもトリノの舞台に立つ姿を見せたいと思うものの、最終合宿のレギュラー決定試合で失点を重ねてしまう福島さん。トリノの本大会が始まってもなかなか出場機会は巡ってこない。果たして、福島さんはトリノのリンクに立てるのか。輝美代さんの祈りは届くのか。

 「アイススレッジホッケー」は、障害者スポーツの花形競技といわれる。番組では、このスポーツのスピード感、テクニック、激突の迫力を余す所なく盛り込むとともに、日の丸にかける1人の男性の思い、そして、夫を応援し支える妻の姿を追った。

<ディレクターのコメント>

 スポーツにかけた情熱、スポーツに捧げた生活。そんな福島さんの姿を目の当たりにした時、アスリートとしての面はぜひ大切にしたいと考えました。ただ、スポーツものに終始するよりも、障害者として生きる福島さんの姿、車いす営業マンとしての側面も、どうしても盛り込みたく、そのバランスに苦慮しました。
 福島さんが身体障害者を前に講演し「障害者になってよかった」と話した時、私にはその真意はどこにあるのかわからず、正直大きな驚きを持って受け止めました。そして、この言葉を番組で放送した場合、全国に600万人以上いる障害者はどう受け止めるのか、この繊細な問題に最も頭を悩ませました。
 しかし、それが「日の丸」という夢にたどり着き、挑戦をやり遂げた福島さんだからこそ達した境地、発した言葉であること、そして「スポーツの道があったからこそ、目標があったからこそ、強く真っ直ぐに生きていけた。だから、これからは障害者に夢を語り、道を作ってあげたい」ということが福島さんの願いであると知った時、この言葉を盛り込んで、1つの大きな挑戦を終えた正直な思いを、そのままに伝えようと考えました。
(ディレクター 加藤洋司)


<制作スタッフ>

 制作統括 榛葉晴彦
 プロデューサー 長谷川 明
 ディレクター 加藤洋司
 ナレーション 池水通洋
 構成 林田武郎
 撮影 小林和彦
 音声 石田友紀江/山本洋久
 通訳 アドゥア・カスターニョ
 編集 上田雅昭
 効果 長田 渉
 タイトル 西川清美
 デザイン 白馬寛子
 制作 テレビ静岡

2006年10月18日発行「パブペパNo.06-357」 フジテレビ広報部