FNSドキュメンタリー大賞
2004年秋、石川県内では、クマの目撃情報が次々と寄せられた。
そして、クマを保護するための年間の捕獲上限は70頭と決められているにも関わらず、駆除という名目で年末までに160頭を越えるクマが、命を奪われたのだ。
この異常な現象には“クマを駆除できて一安心”というだけでは、解決できないものが見えてきた。クマが住宅地近くにまで下りたのは、どうしてなのか? いくつもの疑問が、わき上がってくる。それらの「なぜ」に迫ろうと取材に入った。

第14回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
「山の神 なぜ里へ」

(制作:石川テレビ放送)

<7月8日(金)3時00分〜3時55分放送>
 【7月7日(木)27時00分〜27時55分放送】

石川テレビ放送制作、第14回ドキュメンタリー大賞ノミネート作品『山の神 なぜ里へ』<7月8日(金)3時00分〜3時55分放送【2005年7月7日(木)27時00分〜27時55分】放送>では、山里の人々の目を通して、クマの異常出没を招いた山全体を蝕む背景を探っていく。

<あらすじ>

 2004年秋、石川県内をはじめ全国各地でクマの出没が相次いだ。
 恐怖や不安を訴える住民と銃で次々と駆除されるクマ。奥山に返して保護したいと考える行政と「くまはぎ」に悩み反発する林業関係者。そんな対立の構図の中で、年末までに160頭を越えるクマが命を奪われた。しかし、クマたちはえさのドングリが凶作で森から離れざるを得なかったのだ。その凶作をもたらした犯人を追うと、それはちっぽけな生き物だった。環境破壊の申し子でクマの森をむしばんでいる。「山の神」と崇められてきたクマは私たちに強い警告を発していたのだった。番組では森林やクマの専門家、クマを狩ってきたハンター、山里の人々などを通してクマの異常出没を招いた背景を探っていく。

<みどころ>

 2004年秋、石川県内では、クマの目撃情報が次々と寄せられた。その数は、多い日で10件以上。住民に不安が走り、おりで捕らえられたクマのほとんどが射殺された。
 結局、年末までに160頭を越えるクマが、駆除という名目で命を奪われた。山里で暮らす人たちは、「里に下りて来なければ、殺されることもないのに」ともらす。クマがもともと棲む奥山の森から住宅地近くにまで下りたのは、どうしてなのか? 主食のドングリを付ける木が台風被害を受けたため、食べ物不足となったという説は本当なのか? さらに、動物愛護の精神が定着している今の時代に、なぜ大量駆除が起きたのか? いくつもの疑問が、わき上がってくる。それらの「なぜ」に迫ろうと取材に入った。
 石川県は、クマを保護するための独自の計画を持っている。そこで定めている年間の捕獲上限は、70頭。ところが、今回の異常出没では、期間半ばでそのラインを超えてしまった。「保護」か「駆除」か。行政側は、クマを山に帰す「奥山放獣」の方針を打ち出した。しかし、「放してもまた帰ってくる」と、不安におびえる住民は納得しない。さらに、手塩にかけたスギの皮をクマによって剥ぎ取られる被害に苦しんできた林業関係者が猛然と反発する。行政側との対立は、「人間が大事か、クマが大事か」という林業関係者の怒りの声に集約される。結局、調査のため無線機をつけて山に放すことができたクマはたったの3頭。「奥山放獣」の効果を十分に検証する機会も失われた。
 毎日のように銃声が響き、倒れていくクマ。番組では、クマが頭部から血を流して死ぬショッキングなシーンも、あえて使った。駆除という結論を出した人間の判断におごりがないかを問いかけるためだ。
 おりにかかったクマは、歯や爪を痛めていることが多い。放しても生きていけないというのが、駆除の表向きの理由だった。だが、クマのことを一番良く知る猟友会は異論を唱えた。手負いでもクマは、生き延びていけるという。けが人が出る中、住民の不安を解消するためとはいえ、行政側からの依頼によって銃を向ける猟友会のハンターたちは、複雑な思いだった。
 そうしたハンターの一人が、県猟友会金沢支部長の奥村勝幸さん。狩猟歴、31年のベテランハンターだ。これまで百二十頭余りのクマをしとめているが、信条として子連れのクマは撃たない。奥村さんは、クマやイノシシの肉、山菜などを出す料理店を経営している。山の奥深くまで入る奥村さんではあるが、寿命を全うしたクマが倒れた姿を見たことがないと不思議がる。ゾウと同じように死に場所がつかめないという。しかも、クマは食用にする肉だけではなく、油も、骨も使い道がある。
 結局、駆除目的以外のクマ猟は禁止された。イノシシ猟へ向かう途中でクマを見つけた奥村さんは、静かにその姿を見守る。クマにとって絶えがたい受難の秋だったことを痛いほど感じていたからだった。
 そんな奥村さんが、獲物のイノシシを捕らえた時、奇妙なしぐさをした。血抜きのため腹を裂いた後、臓物を切り取り後ろ向きに山に向かって投げたのだ。それは、山の神に感謝する簡単な儀式だという。そして、その山の神からの最大の恵みがクマなのだ。かつての山の民と同様に、奥村さんにとって、クマは偉大で畏敬すべき存在だった。
 そのクマが、本来棲む奥山の森を追われて、どうして里に現れたのか。
 直接的な原因は、ドングリ類の不足だ。クマの主な食糧でもあるブナの実は、ここ9年間凶作が続いている。ブナの実が不足の時、クマが食べるミズナラもおととしの冷夏の影響で大凶作だった。ダブルパンチでえさ不足に陥ったクマはエサを求め仕方なく山を降り人里に現れたのだ。
 さらに森林の専門家に取材し、凶作をもたらした犯人を追うと、それは、ガの幼虫やキクイムシなどの害虫だった。地球温暖化による環境破壊の申し子たちは、ブナやミズナラを蝕んでいる。こうなると、将来的な不作も懸念されてくる。
 奥山だけでなく、里山の荒廃も深刻化している。国は造林を推進する一方で、木材輸入を自由化し、林業経営は破綻をきたした。さらに50年代後半からの燃料革命で山村は崩壊し、クマと人の緩衝地帯である里山は役割を失った。そして、クマたちは一気に人里へ下りてきたのだ。
 クマの異常出没は、自然を軽視し続ける現代に強い警告を発していたのだった。

<制作者の思い:石川テレビ放送ディレクター 浜田大輝>

 「クマが出た」と一報が入るたび、警察担当記者として現場に出向き、「駆除されて一安心」という伝え方しかできなかった。行政・住民・林業関係者・猟友会、それぞれの言い分を超えた問題の本質は何なのか、正直悩んだ。
 そうした現場で出会ったのが、奥村勝幸さん。山や森に詳しく、その恩恵で生活している奥村さんは、クマに対して畏敬の念と温かい気持ちを抱いていた。
 クマが棲む森で進む環境破壊、さらに林業経営の破綻と里山の崩壊など、クマ出没の原因がすべて人間の所業だと気づいた時、自然を無視して生きる現代の誤りを悟った。
 それを分からせてくれたのは、奥村さんの自然に対する敬虔な態度だったに違いない。


<番組タイトル> 第14回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『山の神 なぜ里へ』
<プロデューサー> 今井一秀(石川テレビ)
<ディレクター> 浜田大輝(石川テレビ企業)
<構成> 赤井朱美(石川テレビ)
<ナレーション> 高田伸一(劇団110SHOW)
<撮影> 伊登寛芳(フリーカメラマン)
<編集> 黒田道則(モンタージュプロ黒田)
<制作著作> 石川テレビ

2005年7月7日発行「パブペパNo.05-202」 フジテレビ広報部