FNSドキュメンタリー大賞
「農民こそが真の芸術家になりうる」という
宮沢賢治の遺志を継いだ農民オーケストラの10年目のしらべ。
それぞれの農業の現実と向き合いながら、
農閑期のたった1回の演奏会という舞台に向け、
練習を続ける団員たちの姿を通して「真の豊かさ」とは何か問いかける渾身作!

第13回ドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『われら!農民オーケストラ 北の大地の賢治たち』
北海道文化放送制作


<7月7日(水)3時28分〜4時23分放送>
【7月6日(火)27時28分〜28時23分】



 今年、北海道のある市民オーケストラが結成10年を迎えた。中心メンバーは農家の人々で、楽団名は「北海道農民管弦楽団」(通称「農民オーケストラ」)。農閑期の冬のみ活動し、毎冬1回きりの演奏会を開くというユニークなオーケストラだ。
 この楽団の代表を務める牧野時夫さん(42)は、小樽近郊の余市町で果樹や野菜の無農薬・有機栽培に取り組む農家だ。
 牧野さんは、学生時代に読んだ宮沢賢治の『農民芸術概論』の理想に共鳴し、楽団を結成した。「農民こそが真の芸術家になりうる」と説いた賢治は、大正末期、郷里・岩手県の花巻農学校での教職を辞し、農民となった。そして農作業や創作活動の傍ら、チェロを弾き、近在の農家の人々と音楽鑑賞や演奏を楽しみながら「農民楽団」の結成を夢見た。しかし、賢治は2年余りで病に倒れ、その夢は実現できなかった。

 牧野さんは、大学院修了後、ワイン会社に就職したが、「農業をやりたいことと、オーケストラを一生続けたい」というふたつの夢を両立させるため、初志貫徹、30歳を前に退職した。余市町の離農したぶどう農家を買いとり念願の農民になった牧野さんは、3年後の平成6年、農民オーケストラを結成した。
 現在、北海道農民管弦楽団は、楽団員約70人。うち農家は20人弱で、農業試験場や農協、農学部の先生や生徒など農業関係者は20人ほど。牧野さんは、いずれは農家の団員を半分以上にしたいと願っているが、当面は、足りないパートを、彼の音楽仲間がサポートしている。

 就農当初から無農薬・有機栽培に取り組んだ、牧野さんの農場「えこふぁーむ」では、200を超える品種の作物を少量生産し、組み合わせて消費者に宅配している。彼は「農作物は命の糧だからコストを優先することはできない」と、あるがままの自然農法にこだわっている。そして、牧野さんはその農作業の傍ら、演奏会の楽譜の発送や会場の手配、チケット準備、練習場の確保など、演奏会当日まで、東奔西走し、楽団の裏方も務めている。


 フルート担当の星野慧一さん(61)は、空知地方の北村の稲作農家。後継者不足に悩むこの地域では、機械や施設の共同利用が進んでおり、星野さんは、外での力仕事は若手に任せ、各農家からライスセンターに集まるサンプル米の検査を担当している。「ひと粒ひと粒が細くて熟してない。平年の3〜4割は減収」と話す星野さん。昨夏、北海道は10年ぶりの冷害だった。
 今回ホルンで初参加する中富良野町の藤田勉さん(41)は、作付けの6割、約10トンのニンジンを捨てた。中国からの輸入野菜による価格の暴落が原因だ。地域で減農薬ニンジンに取り組んだ矢先の出来事で、大きな痛手となった。
 「シンフォニーができるなんてワクワクする」と話すのは、札幌近郊当別町の稲作農家、高橋幸治さん(67)。高校時代に音楽部でヴァイオリンを弾いて以来、約40年間、楽器は納屋に眠っていたが、10年前、このオーケストラと出会い、再び演奏を始めた。その高橋さんが、収穫作業の最中、トラクターに左手の親指を挟んで大けがをした。救急車で運ばれた時、高橋さんが真っ先に聞いたのは「先生、ヴァイオリン弾けるべか?」。それから、3ヶ月、元々、演奏の技量が高くない高橋さんの格闘が続いた。

 後継者に悩む農家の団員もいれば、継いだばかりの若手もいる。北広島市の野菜農家の皆木友和さん(28)はファゴット担当で、就農3年目。彼が師匠という父親は「まだまだ」と話しながら、頼もしい後継者を喜んでいる。

 「年末の農家は孤独だ」とフルート担当、空知地方栗沢町の大井雅弘さん(41)は言う。来年の営農計画に頭を痛めるからだ。保険会社の営業マンから農業に転じて4年。トマトを主力に生産したが、冷夏の影響を受け、収入は2割ダウン。今年も赤字だった。

 11月初め、牧野さんから演奏会用の楽譜が届くと、いよいよ農民オーケストラの練習が始まり、収穫を終える11月下旬には、演奏会への練習が本格化する。今年の演奏曲はチャイコフスキーの交響曲6番「悲愴」など。
 「農業のイメージを変えたい。農家でもこんなに楽しいことができることを知って欲しい」と話す牧野さん。この冬、北海道各地の団員たちは、演奏会に向け、それぞれのスタイルで黙々と練習を続けていた。

 2月、函館に集まった団員たちは、本番前の3日間、「地獄のリハーサル」と呼ばれる集中特訓に突入。地元の応援奏者も加え、総勢80人の大編成となった農民オーケストラの団員たちは、食事とトイレ以外は楽器を手放さない。「アマチュアと言えども、持てる力で最高の演奏を」と、牧野さんは指揮棒を振りつづけた。農作業で鍛えた体も、さすがに疲労困ぱいのようだ。「みんなの足を引っ張りたくない」とヴァイオリンの高橋さんは、休憩時間もひとり練習を続ける。
 そして、2月15日(日)、10周年記念函館公演の会場には長い列が出来た。観客の多くは農産物の消費者でもある。「演奏を通じて農家の思いを消費者に」と彼らは舞台に向かう。心地よい緊張感が舞台を包む。
 冷夏に泣いた人もいる。ニンジンを捨てた人もいる。後継ぎに悩む農家も、無農薬にかける新しい農家もいる。彼らの音色がひとつに重なって、シンフォニーが生み出される…。

 かつて、宮沢賢治は『農民芸術概論』で「俺たちはみな農民である。ずいぶん忙しく仕事もつらい。もっと生き生きと生活する道を見つけたい」と農民芸術を勧めた。それから80年、賢治の遺志を継いだ農民オーケストラの10年目のしらべが会場に流れた。傷ついた指で誰よりも練習してきた高橋さんも、最後まで弾ききった。指揮者の牧野さんも満足げな様子。会場を包む暖かい拍手の中で、農家の人々の素敵な笑顔が映し出された。
 演奏会が終わるのを待っていたかのように、忙しい春が来た。フルートの大井さんは、種からトマトを育て始めた。苗代を節約し、ことしこそ黒字にとの決意からだ。
 同じくフルートの星野さんは44回目の米作りを地域の仲間と始めた。61歳の星野さんは、農業者年金の対象となる数年後には、地域の若手に土地を譲ろうかと考え始めていた。「ちょっと寂しいけど、時の流れだから」と笑う。
 ヴァイオリンの高橋さんも稲の苗床の土作りに励んでいた。今や周りの農家は業者から買っている苗床の土を、高橋さんは2年がかりで堆肥を施し、がんこに作りつづけている。「商品を作れと言われるけど、食べ物を作りたい。ほんとに体に良いものは、すーっと入ってゆく。そんな味を分かってほしいなあ」と笑う。
 昭和55年には27万人いた北海道の農業人口は、昨年は15万人を割り込んだ。約四半世紀で半減、しかも高橋さんたち65歳以上の割合は3割を超えている。高橋さんのふたりの息子も首都圏でサラリーマンをしている。今回のケガは、体力に自信があった高橋さんにとって、初めて老いを感じた出来事だった。

 楽団代表の牧野さんは、サクランボの木を剪定(せんてい)していた。牧野さんは、農民オーケストラ活動に加えて、「音楽と農業を共に学ぶ学校を作りたい」とさらなる夢を語った。「農業しながら芸術を生み出すことを若い人にも伝えたい。農業の人口が減っている。自分も農業以外から就農したが、学校で農業を知ってもらって農家を増やしたい」と語り、宮沢賢治が作曲したという「星めぐりの歌」をヴァイオリンで弾いた。

 6月30日(水)放送の『われら!農民オーケストラ 北の大地の賢治たち』<3時13分〜4時08分>では、それぞれの農業の現実と向き合いながら農閑期のたった1回の演奏会という舞台に向け、練習を続ける団員たちの姿を通して「真の豊かさ」とは何か問いかけていく。




<鈴木雅彦プロデューサーのコメント>

 BSEや鳥インフルエンザ、産地の偽装問題等々、近年、「食」の安全性が揺らいでいます。一方で、店頭では、色や形がきれいに整った野菜や果物が季節を問わずいつでも手に入ります。私たち(消費者)は旬を忘れ、農家(生産者)との距離感は広がるばかりです。それは、農業王国とされる北海道でも何ら変わりはありません。札幌市内で生活していると、農家の人々と触れ合うことは、ほとんどなく、農作業を目にすることもありませんでした。
 今回、約1年間にわたって農家を取材しました。皆さんそれぞれ、後継ぎの問題・冷害・価格競争・農薬問題・流通対策・借金などなど、いろんな悩みを抱えていますが、皆一様に、自然と向かい合う暮らしを是とし、「命を育む食物」を作ることに誇りを持って田畑で汗を流していました。それぞれの悩みの根源には、農政や流通システム、貿易問題など個を超えた懸案が多々ありますが、当番組ではこれらには一切踏み込まず、各農家の点描に留めました。その代わり、もうひとつの懸案ともいえる、「私たち消費者との距離感を少しでも近づけること」ができないだろうか?との願いを込めて一編にまとめました。
 農業の実態は決して楽ではないけれど、農閑期の「北海道農民管弦楽団」の活動によって、「生き生き」と暮らす農家の人たち。その手は、命を育む食物と人の心を癒す音楽を生み出しています。そして、彼らは私たちの近くにいるのです。67歳の高橋さんが「シンフォニーをやるとワクワクする」と笑うのが印象的でした。彼らの笑顔を見ると、ほっとします。そして、何となく、彼らが作った野菜や果物はおいしそうに感じるのは私だけでしょうか?




<スタッフ>
プロデューサー 鈴木雅彦(UHB)
ディレクター・構成 鈴木雅彦(UHB)
吉雄孝紀
ナレーター 中江有里
音楽 西岡俊明(フィクス)
撮影 宮崎正利(オーテック)
編集 高島 洋(オーテック)
<制作・著作>
北海道文化放送

2004年06月18日発行「パブペパNo.04-163」 フジテレビ広報部

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