こんなアナウンサーがいたとは!?(2008.8.29)

読了して、呆けてしまいました。まいったな、という感じ。

この仕事に就く前から、落語家とアナウンサーの本は、
自伝、伝記、放談など読みまくり、
この歳になると後輩の本も書棚に増えてきました。
昨年末、辞めて、司法試験に向け猛勉強中の菊間千乃も2冊、並んでいます。

こたび、加わったのは、
十年前に亡くなった中西龍さんの物語「当マイクロフォン」(角川書店)。
しっとりとした語りの人が、こんな無茶苦茶、破天荒、無頼だったとは。
私は、なんだか、裏切られた快感でいっぱいです。酒と媾合い(まぐあい)だらけ。
女郎屋から放送局に通っていた、しかも、酒乱です。
改めて素晴らしいアナウンサーだったということを、
違った角度から掘り起こした著者、「誹風三麗花」で直木賞候補となった三田完氏、
おやじを理解し、取材に応じた二人のご子息に、一ファンとして感謝、感激です。

著者はNHK出身で、三田氏自身と思われる若きプロデューサーとの佐渡への旅、
NHK職員としての異動という旅、人生の旅が織り成します。

思わず噴き出す挿話、一緒に泣けてくる所、
面白くて哀しくて、繰り返し読んで並べました。
「龍凧上がれ」(中西龍・著、鳩の森書房)を、何年かぶり手にしたら、
頂いたお手紙が挟んでありました。
マイクロフォン前でご一緒させて頂いた写真も入っていました。

私の大好きな大好きなアナウンサーでしたが、
もう、忘れていた頃に、この本です。強烈です。
書ききれませんが、私の感覚で並べます。

上司の覚え頗る悪く、鹿児島から旭川へと、最も遠くへ跳ばされたアナウンサー。
宮田輝アナウンサー全国向けニュースに続いて
宮田輝の声色(物まね)でローカルニュースを読んだ。
生まれ育った念願の東京勤務、宮田輝「のど自慢」の後任に抜擢されるも、
合格者と共に泣く、喋りすぎると半年で降ろされ、大阪へ。
新人の山根基世アナの養育係になり、
専ら飲み屋で、アナウンス論と周囲の悪口に愚痴。
自宅で飲み直そうと連れ帰り、玄関先で厭な顔をした奥方を平手打ち。

いやはや、あの、落ち着いた語り口、抑制の効いた語りかけからは、
想像もつかないジェットコースターのようなアナウンサー人生です。
いや、激情が過ぎた故の、抑えた表現だったのかなと、
ここまで書いて、はたと気づきました。

二年後、東京に戻り、和田勉プロデューサーらが評価し、
大河ドラマのナレーションなどをつとめ、ようやく順風満帆かなと思うのですが、
龍さんご自身が、好んで使った言葉。
私が、かつて、頂いたサインにもお手紙にも書かれていた
「茫々哀憐」の人生は続きます。
小欄、こんなことは初めてで、本来、禁じ手ですが、
次回も綴らせていただくことをお赦し下さい。

フジサンケイビジネスアイ8月23日掲載