アナルームニュース 2006年05月16日号 |
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| 桜の時を越えて、新緑の季節になりました。 みなさん、こんにちは!入社4年目になりました、田中大貴です。 各球場の芝生が生き生きと茂り、僕にとって最高に気分が高揚する時期になってきました。 今回、その緑の天然芝・甲子園球場の芝の上で活躍したある高校野球部のことを書きたいと思います。 |
| 日本最南端の野球部、八重山商工高校野球部 | ![]() |
| 20人の部員と一人の監督に会ったのは今年の1月30日のことでした。 「沖縄の石垣島にものすごい野球部がある」 この話を聞いたのは去年の11月、僕が普天間基地移設問題の取材で沖縄に取材に行ったときにでした。沖縄の技術クルーさんから「田中君、高校野球やってたんだよねぇ。石垣島にも今年すごいチームがあるさぁ。」と食事中に言われ、聞いてみると部員はたったの20人、全員石垣島出身、しかも部員の半分くらいが9年間、同じ一人の監督と一緒に野球をやってきたというじゃありませんか。 |
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「なんで小・中・高と同じ監督から指導を受けることができるの?」 理解に苦しみました。沖縄の人はまた面白いことをいうなぁ、なんて思っていたら、その高校の監督・伊志嶺監督は石垣島の小学校で少年野球チームを作り、全国大会優勝。そして中学の硬式クラブチームを作り世界大会3位。そして「八重山から甲子園へ」という使命を受けて八重山商工高校野球部監督に就任。3年目で九州大会準優勝を果たし、この春の選抜出場候補に挙がっているというじゃないですか。 |
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| 「これは会いに行くしかない」 会って、取材をさせてもらう。そして、とくダネ!の自分のコーナーで視聴者の皆さんに伝えたい。頭はそのことでいっぱいでした。 |
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| 伊志嶺監督と20人の球児たち。 彼らは石垣島4万7000人の夢を一身に集めていました。 |
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| 甲子園まで1600キロ。 石垣島島民にとってこの距離は本当に遠く長いものでした。八重山の子どもの持つ能力は素晴らしい。これは長年、周知の事実でした。けれど、才能のある、能力のある子供たち、そして、夢を持つ子供たちは皆、海を渡り沖縄本島、もしくは本州へと旅立ってしまうのです。 「この子たちを甲子園という晴れ舞台に立たせてあげたい。そうすれば島に元気が出る」 石垣市長、石垣市役所、そして甲子園へ行くためのいくつもの後援会、そして伊志嶺監督。多くのひとが立ち上がりました。 |
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| そして夢は叶ったのです。 | ||||||
| 1月31日。 沖縄県立八重山商工高校、第78回選抜高校野球甲子園大会出場決定。 |
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| 島は沸きました。八重山商工のグランドでは獅子が舞い、伝統民謡が流れ、伝統舞踊が披露されました。70歳を越える、これまで石垣島を支えてきた方々が涙を流して喜びました。 「これで島が元気づく。勇気をもらった。私たちの夢を島の子が叶えてくれた。」 皆さんが、インタビューで答えてくれました。 |
| そして、甲子園出場が目前に迫った三月。石垣島のあちこちで“八重山商工 甲子園出場”の横断幕が掲げられていました。島の人たちの挨拶のあと、二言目に出てくる言葉は「八重山の子が甲子園に行くのさ。もうすぐさぁ。」 | |||
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迎えた選抜甲子園一回戦。一塁側アルプススタンドは満員に溢れかえり、甲子園の半数以上が八重山の方たちで埋まりました。石垣島から本島に出てきている方たちは伊丹空港で八重山ロードを作って出迎えました。ここでも涙する方たちの姿がありました。 |
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| 「自分たちが甲子園に出ることで石垣の人たちが元気になってくれれば。」 八重山の純粋な素朴で素直な球児たちは口を揃えて言っていました。 |
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| これが高校野球の原点だな。甲子園のルーツだな。僕は強く感じました。 | |||
| 一時は2人になってしまった部員。それを伊志嶺監督が小学生のころから見てきた子供たちを誘い、そして引き連れ、1600キロの島民の夢を叶えました。 「両親よりも長くいる。言葉を交わさなくても監督の言うことはわかる。うるさい大人だけれど社会に出て監督には言葉ではなく自分たちが一生懸命生きることで恩返しをしたい。そして、僕らは石垣島が大好きです。」 インタビューの中で20人の部員の一人がこんな話をしてくれました。 |
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| これぞ高校野球。この取材の中で僕は高校野球の真髄を改めて石垣の子達に教えてもらった気がします。 | |||||
| 選抜を制した横浜高校を最も苦しめたのも八重山の子達でした。今年の夏、もう一度彼らの勇姿を甲子園で暑い夏に見られるのは間違いないでしょう。 そのときは、伊志嶺監督、そしてとくダネ!の皆さん、もう一度取材させてください。 島民、1600キロの夢。再び。 |
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| これは2006年3月23日とくダネ!の中でオンエアされました。 | |||||
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