| ルーブル美術館のガラスのピラミッドをデザインしたI・Mペイなど父のことを知る著名な建築家たちや親類、父を乗せたことのあるタクシードライバーなどにインタビューをしながら、父ルイスの残した建築を訪ねていく。 |
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| ルイス・カーンの名を建築界に知らしめた最初の作品「ペンシルバニア大学の研究棟」を訪れたナサニエルは、何故だか「しっくりこない」と感想を語っている。実際に研究棟を利用している人は「見かけと違って、中はとても使いにくいの」とインタビューに答えていた。そのセリフには思わずクスッと笑ってしまった。私自身も思い当たることがあるからだ。デザインと使いやすさは必ずしも一致するとは限らない、、、?! |
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| 次に訪れたカリフォルニアにある「ソーク生物学研究所」は、本人が完成を最も満足した最初の作品であると言われているそうだ。「この場所には精神性を感じた」と息子ナサニエルも語っている。そして父と一緒にこの建築を手掛けたジャック・マカリスターへのインタビューでは「僕よりも父のことを知っていると思うので、聞きたいのです。」と切り出している。愛人の子どもだったナサニエルは、父とたまに週末を過ごすことがあるくらいで一緒に旅行に行ったこともなければ、実は父がクリスマスが好きだったこともマカリスター氏の話で初めて知る。ナサニエルはまるで父の懐に抱かれるかのように、日が暮れるまで研究所の中庭でローラースケートをする。大人のナサニエルが子どもに戻ったように感じる素敵なシーンだった。「建築家って自分がいなくなっても、残した建物を通してこんな風に誰かと対話が出来るんだな」としみじみ思った瞬間でもあった。 |
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| ナサニエルは、父の1人目の愛人のもとも訪ねている。父の建築事務所で働いていたアン・ティンである。アクロポリスやピラミッド、カルナック神殿などの古代遺跡やイタリアの中世都市からインスピレーションを受けた父ルイスは「今の建築は堕落している。2人で手本を示そう」と彼女と共にニュージャージーに「バスハウス(水浴場)」を建築した。そして彼女もまた父の子どもを産んでいる。「妊娠を告げたけど、彼は結婚をしようとは一言も口にしなかったの。私は1人で生きていくことを決めたわ。」父との別れを決めたときは辛かったと語る彼女は、そっと涙ぐむ。「でも今でも彼とは一緒よ。心で思えばずっと一緒にいられる。」まだ未婚の母が認められなかった時代に、そういう生き方を選んだ女性たち、、、、、ナサニエルの母も同じなのだ。ただ、ナサニエルの母は今でも信じている。父が離婚をして自分と一緒に住んでくれようとしていたと、だからこそパスポートの住所欄が消されていたのだと。真実は父にしか分からない。 |
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| 最後に訪れたのは「バングラデシュ国会議事堂」。以前、写真を見たことがあったが、この国にこのような近代的な建物があることに驚いたものだ。あまりの大きさに1971年の独立戦争のときも、当時建築中だった議事堂は遺跡だと思われて爆撃されなかったという。映画のオープニングでこの建物が出てきたとき「もしかしてバングラデシュの国会議事堂?」と気づいた。私はルイス・カーンがどんな建物をデザインした人物か知らなかったから、そこで初めて「これを創った人の映画だったんだ」と気づいた。もともと遺跡好きであるのと夫の仕事柄、旅先ではいろんな建築物を見て回る機会が多い。専門的なことは勿論分からないが、建物や空間の持つエネルギーはしっかりと感じる。バングラデシュの国会議事堂は写真で見ただけでも迫力があった。だからきっと、素人の私でも覚えていたのではないかと思う。一番見たかったはずの父ルイスは、議事堂の完成を待つことなく他界した。 |
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| 「映像だけで、どこまでこの建物の素晴らしさを伝えられるかな、、、」議事堂の中でナサニエルは、父とこのプロジェクトを共にした建築家のシャムール・ウォレスから声をかけられる。ウォレス氏はびっくりするくらいの的確な表現で議事堂の素晴らしさを次々と挙げる。あっけにとられてしまい「空間の何?重なりがどうした?って言ってたっけ?」と殆ど覚えていないのが残念だ。でも、最後に言った「そして、曖昧さ。」これだけは鮮明に覚えている。すごい!と思った。私の中では「曖昧な表現」など良くないときに使うことが多い言葉だが、ウォレス氏の発した「曖昧さ」は大きなインパクトを持って私の心に響いた。一体、建物や空間における曖昧さというのが具体的にどういうことなのか分からないが、建築家への賞賛の言葉であることは明白だった。建築に対して「曖昧さ」なんて表現をすること自体に驚いたのも事実だ。 |
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| また、その後に続くウォレス氏の話が心を打つ。彼はナサニエルと父の関係を知った上でこう続けるのだ。「君のお父さんは偉大な人だ。でも偉大な人物というのは、往々にして個人の生活を犠牲にするもんだ。君に対するものとは違うだろうけど、お父さんは人々を愛した。我々を愛してくれた。お父さんは田んぼだったこの場所に議事堂を創り、この国に民主主義をつくってくれたんだ。心からお父さんに感謝しているよ。」自然に涙が溢れてきた。映画の中のウォレス氏も泣いている。そしてナサニエルも。いつの間にか、2人と同じ空間にいるような感覚になっていた。 |
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| 「ルイス・カーンがモーゼの如く、発展途上の国に国会議事堂をもたらした大きな意味を持つ作品」と映画のパンフレットに書いてあった。そうなんだ、、、建物は「器としてのモノ」であるだけでなく、そこで働く人や生活する人、全ての命を包み込む「大きな生命体」にもなりうるのか、、、なんてことまで思ってしまった。素人の私にさえそんなことを思わせる建築物を創ったルイス・カーンは、やはり偉大なのだろう。そして映画を通して感じたもう1つのこと。自分が愛情を注ぐ対象に出会ったとき、ルイス・カーンはその都度、持てる情熱を全て傾けて愛し貫いたのではないか。その愛は仕事である創造に向けられ、人々に向けられ、また家族にもきっと向けられていたはずである。ナサニエルと一緒に写っている写真のルイス・カーンは、とても優しい目をしている。過ごした時間は短かったかもしれないが、父はナサニエルを心から愛していたはずだ。ルイス・カーンの人生に必要でないものは、ひとつもなかったのだと、思う。 |
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| 年に一回の休暇は必ず世界の建造物を訪ねる旅へ・・・。以下はその時のスナップ。 |