アナルームニュース2002年2月11日号


長谷川豊 『とくダネ!』長谷川アナのあえて、ひとの心の傷を たどり直す仕事。〜罪悪感とやりがいのはざまで〜

編集長代理【編集長代理】
長谷川豊アナは、入社3年目。うっちー(内田恭子アナ)の同期。
いつ見ても、なぜか必ずスーツ姿。

静かな微笑を絶やさない、しかし中身はかなり頑固な、関西人。
彼もまた、めったにアナルームで目撃することができないひとりだ。

週末は競馬場にいるのだろうということは、まぁ想像がつく。
まだまだ若手なので、地味な泊まり勤務系も、そこそこやっている。
ではそれ以外、あいつはいったいどこでなにをしているのだ?
とりわけ、『とくダネ!』のスタジオに出てこないときは、だ。

そこに舞い込んだ、彼からの投稿。
・・・・そうか。そうだったのか。
あいつも外回りで、こうやって葛藤に直面し、悩んでいたのか!


長谷川です。お久しぶりです。
土日は競馬、平日は朝の情報番組とくダネ!を担当しています。
その『とくダネ!』で、僕が担当しているコーナー、『インサイド・ウォッチ』について今回はお話しようと思います。

放送は毎週木曜日。笠井信輔アナの『タイムズ』コーナーのあと、だいたい9:00前後から。
内容は、「過去に起こった事件や事故を再検証し直す」というものすごく真面目なコーナーです。

テレビって、何か大事件が起こった時は騒いで取り上げますが、そのままほったらかしにしてる事ってよくあります。
このコーナーではそんな事件や事故に注目して、改めて現場に足を運んでみたり、当事者となった人々にインタビューしたりしています。


実は、今でこそ話せるんですが、僕は当初このコーナーに全くなじめませんでした。

特に、事件の当事者となられた人々(主に被害者)のインタビューは心が痛みました。
もちろんこちらとしては強引に話してもらう訳ではなく、番組で取り上げる必要性を感じるからインタビューする訳です。

でも、話を聞く過程の中で、取材対象者の多くは当時の状況などを思い出さなければいけません。
ようやくマスコミも騒がなくなった、事件の傷もいえてきた…
そんな人達を、このコーナーが始まった当初は、僕は「そっとしておいてあげたい」と感じていました。
インタビューの最中に相手が泣き出してしまったりする時は、罪悪感を強く感じました。
ただ、このコーナーが始まって1年半。
少しずつ僕のなかでの認識は変わってきました。


以前、ある自動車会社のリコール問題が騒がれた事がありました。
ニュースではそれほど大きく扱われなかったこの問題を僕たちは取り上げる事になりました。

この自動車会社の製品は、製造段階である欠陥がありました。
ニュースでは

「九州に住む主婦が全治2週間の事故を起こした。
その原因は車の欠陥によるものだった」

と報じました。

しかし実際に会って驚きました。
その女性は強いPTSDの症状を発生し、完全に車に乗れなくなっていました。

編集長代理 PTSDとは「心的外傷後ストレス障害」のこと。
おおまかにいえば、事故・災害・暴力などがもとで負った深い心の傷の、そのストレスで起こる後遺症。

それもそのはず。ニュースの中で「事故」とかたずけられたのは、実は、高速道路で突然ブレーキが効かなくなる! というものだったのです。

彼女は偶然にも軽い怪我ですみましたが、「一歩間違えば即死だった」と訴えてきました。
考えてみて下さい。
高速道路で突然ブレーキが効かなくなる、という状況を。

ニュースで伝えられた文面は決して間違ってはいません。
ただ、

「事故で全治2週間の軽い怪我」

と、

「高速道路で突然ブレーキが効かなくなり、この女性は
3ヶ月経った今も、車を見るだけで体が震るという
PTSDの症状で苦しんでいる」

とでは、伝わり方が全然違います。


今ではこのコーナーに携われたことをとてもよかったと思っています。
当事者の方々には辛いことを思い出してもらう事は今でもあります。
今でも罪悪感はあります。
でも、当事者にしか話せない言葉があります。
その言葉を聞いて何かを感じてくれる人がいるのなら、こんなにやりがいのある事ってないなぁ、と思うんです。



編集長代理 【編集長代理のひとりごと】
メディアは、あくまでメディアに過ぎない。
「事実」をそのままメディアにのせることは、本質的に不可能だ。
だから、一番象徴的などこかを「切り取る」過程を経なければ、「事実」を「伝える」ことは、できない。

問題は、どこをどう切り取ってくるか。
そこでいいのか?他の切り口は?別の見方はできないのか?
それが本当にコトの本質なのか?見落としや誤解はないか?
表現方法はそれでいいのか?ふさわしい言葉・伝え方なのか?
そして、事実を切り取る方法はそれでいいのか?
聞くべきか、聞かざるべきか。ふれるべきか、ふれざるべきか。

それでいて、時は過ぎるし、与えられた時間は無限ではない。
なによりも、自分は番組を制作し放送するためにここにいるのだ、という究極の現実。
現場の取材者は、つねに試されている。

だから、悩むのだ。
というより、伝え手だったら、悩まなければ、ウソだ。




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