中熊 薫の「フラジャイル 医学用語解説」

みなさん、こんにちは。慶楼大学病理の中熊 薫です。
この解説も、今回が最終回となりました。今週、病理学に関連するような話題はなかったので、主題となった「治験」について、簡単にご説明したいと思います。

医療機器の有効性や安全性について調査するのも治験と言いますが、ここでは薬の治験に絞ってお話しします。
昔は自然界のさまざまなものから薬が作られ、今は化学合成による新薬の開発が盛んにおこなわれています。新しい薬を販売するためには、人に対して安全に使用できるか、目的とする病気に対して十分な効果が見込めるかを調べなければなりません。その調査で得られた成績をもとに国が審査し、病気の治療に必要で、かつ安全に使えるものが「薬」として認可されるわけです。
そこで、「薬」について国の承認を得るために、薬の候補を人に投与して、効果と安全性についての成績を集める試験がおこなわれます。これを「治験」といいます。

治験は「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」で定められた要件を満たす病院で行われます。その定められた要件とは、医療設備が十分に整っていて、責任をもって治験を行う医師、看護師、薬剤師が揃っている、というだけでなく、治験の内容を審査する委員会があること、緊急の場合に直ちに必要な治療や処置が行えること、が挙げられています。
治験を行う製薬会社、病院、医師は、「薬事法」という薬全般に関する法律と、「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」(GCP)という規則を守らなければなりません。この規則の内容は、①治験の内容を国に届け出ること、②治験審査委員会で治験の内容をあらかじめ審査すること、③同意が得られた患者さんのみを治験に参加させること、④重大な副作用は国に報告すること、⑤製薬会社は、治験が適正に行われていることを確認すること、の4つです。アミノ製薬がどのように不正を行ってきたのか、私は詳しく知りませんが、岸の話を聞く限りこれらの規則をいくつも破っていたことは間違いないようです。

「薬の候補」に対する治験は、第1相から第3相と呼ばれる3段階で進められます。

第1相(フェーズ1):少人数の健康な成人を対象として、ごく少量から少しずつ「薬の候補」の投与量を増やしていき、安全性について調べるものです。ただし抗がん剤の場合には健康な人に使うわけにいかないので、がん患者さんを対象にすることが認められています。今回、森井君が亡くなっていることをつきとめた新東京医療センターの患者さんはAM105の第1相の治験に参加されていたわけです。

第2相(フェーズ2):「薬の候補」が効果を示すと予想される比較的少人数の患者さんで、有効性、安全性、使い方(投与量・投与方法など)を調べるものです。松田さんが参加されたのは、この第2相試験でした。

第3相(フェーズ3):多数の患者さんで、有効性、安全性、使い方を確認します。

治験は、医師と製薬会社の間で勝手に行われるわけではなく、治験が安全にかつ適正に行われるように多くの人間が関わります。

治験責任医師:治験の実施に関して責任を持ち、分担医師・治験協力者と連携をとり、治験実施が順調に進むように指導・監督を行います。アミノ製薬AM105では、丹波教授がこの責任医師となっていました。

治験分担医師:治験が順調にかつ適正に進むための重要な業務を担い、診療上の決定を行います。新東京医療センターの渋谷医師も、この分担医師の一人だったようです。岸は松田さんの診療を直接行うわけではないので、壮望会第一総合病院での松田さんの治験は、腫瘍内科の稲垣医師により申請されています。

治験協力者・治験コーディネーター(CRC):医療機関において治験を実施するチームのメンバーで、治験責任医師の監督のもと、治験分担医師・関連部門との連絡調整を行い、治験実施のコーディネートを行う人間です。もちろん製薬会社の人間ではありません。壮望会第一総合病院でAM105の治験を行う場合、このコーディネーターを通じて進められていたはずが、私は詳しく聞いていません。

治験審査委員会(IRB):治験計画 (IRB) および治験中の安全性と倫理性、科学性を審査する医療機関内に設置される委員会です。これについては、次の項でもう少し詳しくお話しします。

治験管理室(治験事務局):治験に関する事務手続き及び、治験審査委員会の事務業務を行います。

被験者(患者):治験の説明を聞き、参加することに同意をしていただいた方です。松田さんもその一人というわけです。

保護者(代諾者):治験参加について被験者に十分な同意能力がない場合に、被験者とともに、又は、被験者に代わって同意をすることが正当に認められる、被験者の配偶者、親権者、後見人など被験者にとって最善の利益を考えられる方です。今回は松田さんご自身が同意されているので、代諾者はいません。

治験が科学的・倫理的に正しく実施できるかを審査する委員会であり、医薬品の開発に携わる医師、製薬企業等から独立した第三者機関であり、患者さんの人権保護と安全確保の観点から治験に関して公正な審議を行います。実は私も、慶楼大学の治験審査委員会のメンバーであり、月に1回の委員会でさまざま医薬品の治験について審査をしています。
委員会の委員には、専門委員といって私のような医師や、看護師、薬剤師など医学等の専門知識を有する者の他に、非専門委員として、医学等の専門知識を有しない者(病院の事務長などもこれにあたります)、外部委員として、 医療機関と利害関係のない者(一般的には弁護士などがメンバーに入ります)の3種類があり、委員会はこれらの全てを含む合計5名以上の委員で構成されることになっています。

治験を開始する時の審議と、治験の実施中の審議の2つに分けられます。

治験の開始時:治験の計画が科学的か/医療機関が治験を計画通りに実施できるか/患者さんの人権・安全・福祉が守られているか/患者さんの治療に不利益にならないか、を審議します。厚さ5cm以上もある資料が事前に委員に配布され、委員会の当日は治験分担医師を呼んで、委員が資料をもとにさまざまな質問をし、問題点がないか厳しくチェックします。

治験の実施中:治験が正しく実施されているか/安全性に問題はないか/治験を継続して大丈夫か、を審議します。第3相の治験は世界中で行われていますから、世界中から集められた「安全性情報」という副作用報告が、担当した医師と製薬会社それぞれの意見書を付けた資料として事前に委員に配布されます。慶楼大学では毎月30件以上の治験に関して、このような資料をもとに治験の継続可能かを審議しています。治験審査委員会の委員が関連している治験薬を審議する場合には、その委員は審議に加わらず、退席を求められるのは言うまでもありません。

なお、治験審査委員会(IRB)は、IRBの手順書、委員名簿、審査の内容・結果を公表することが規制法で義務付けられており、IRBの情報はWebやIRB事務局で公表されています。
今回の事件は、壮望会第一総合病院の治験審査委員会から院長に報告され、病院から国に届け出られたと聞きました。私も、アミノ製薬の黒いうわさを聞いていながら、何もしてこなかった事を大いに反省しています。
今回、AM105の副作用で亡くなられた可能性があった松田さんの病理解剖を、ザッキーが執刀していました。我々は病理解剖を行う時、ご遺体を自分の親や兄弟と思って接するようにと厳しく教えられます。しかし実際に近しい関係の方を解剖するのは辛いものです。執刀したザッキーと、それを許可して指導にあたった岸には、心から敬意を表したいです。これでザッキーも病理医として一回り大きく成長したことでしょう。今後も2人を見守って行きたいと思います。

医療監修:
東京逓信病院 病理診断科
田村浩一

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